コンプレックスと向き合う 5

<自分の居場所 1>


先月、息子は銀行のATMでカードを落としたことに気づかないまま帰宅
その日のうちに銀行から電話がかかってきたので急いで出かけていった
息子にとってははじめての出来事だったので
本人が行けばすぐにカードを渡してもらえるだろうと簡単に考えていたのだが
現実は、カードが渡されるどころか、口座そのものが凍結されて
通帳の中のお金を引き出すことも出来ないことを知り
困惑顔で帰ってくるはめに、、、

落としたカードは警備員さんが拾ってくれたので
そのカードが何者かにスキミングされ情報を引き出されているとは考え難いが
一応銀行の決まりとして落としたカードは破棄されることになっているのだという
じゃあカードだけ使えなくすれば良さそうなものだが
ついでに口座も凍結するので
息子にとってはバイトの給料がちょうど振り込まれる時期であったことと
携帯電話料金の引き落としの時期にも当たっていることなどが重なり
実に都合の悪い事態となってしまったのだった
しかも口座の解除までは少し日数も必要との事で
カード一枚落としたことが実にややこしいことになったよ〜と本人ぼやいていた

でも、元はと言えば明らかに息子のミスが原因なのだ
ところが、今回のことに対して銀行側の態度は驚くほど腰の低いものだった
電話をかけて直接対応に当たるのは管理職クラスの男性だが
息子が「何かこっちが悪いのにあんなにあやまられると申し訳ないよねえ」というほど
口座解除に時間がかかっていることをひたすら平謝りの上
相手は学生であってもお客さま、名前は常に「様」付け、言葉遣いは超丁寧と
そういう扱いを受けたことのない息子には戸惑いを感じるほどであったという

なにしろ、いつものバイト先(コンビニ)では
お客のおばちゃんたちからいつも「あんたぁ〜」と呼ばれるのが常
このバイトをはじめて1年と8ヶ月が経ち
そういう扱いを受ける環境がすでに自分にとっては当たり前で
むしろその方が居心地がいいのかもしれない

その後、幸いなことに思ったよりも早く口座凍結は解除され
給料の受け取りも携帯料金の引き落としにも支障はなかった
最後まで平身低頭の銀行マン
「銀行の人も大変だねえ・・」と息子はしみじみ言う
その言葉はすなわち「自分には合わない」という意味でもあった

息子は小さい時から”働く人”を見るのが好きで
工事現場があればいつまでもそこに立ちどまって工事に携わる人々の様子を観察し
電車に乗れば椅子には絶対座らずいつも運転手さんを見ていた
また、息子が3歳くらいまではうちもまだトイレが水洗ではなかったので
毎月バキュームカーがやってきて汲み取り作業を行っていたのだが
大きな車を運転し、大きなホースを自在に扱う作業員さんのことが好きで
最後にお金を渡すのはいつも息子の役目だった
また、同じ頃、大きな台風がきて屋根が一部傷んだ時も
住宅メーカーの人が来て屋根を歩くのを羨望のまなざしで見つめながら
自分も大人になったらあの人と一緒に屋根を歩くのだと宣言していた

技術屋気質の息子にとって
どんな職業でもその道のエキスパートは尊敬に値する存在だ
技術を磨き、自分の居場所をもって、そこで一生懸命働いている人はかっこいい
まだコンビニのバイトを始めたばかりの頃は
レジ打ちがものすごく早いおばさん店員に敬服していたし
最近ではバスの運転手さんの職人技ともいうべき運転技術に憧れて
いつか大型免許を取りたいとも考えているらしい

わたしはまだ子どもを持たない頃から
もし男の子が生れて、大きくなったら、アルバイトは工事現場の肉体労働をさせたいと思っていた
それは文字通り”汗水流して働く”世界であり
”縁の下の力持ち”として働くことで得られるものが多くあると考えたからだ

人生は華やかなものを求めるとどこかで必ず失敗する
求めてもいないのに気づけば華やかな中にいる人は、その人にそれだけの分があるからで
そういうことは早いうちから子どもたちには実感として教えたいと常々願っていたが
残念ながら息子はぜんそく持ちで、あまり体が丈夫な方ではなく
体力勝負の工事現場仕事には向いていなかった
しかし、結果的には息子は自分に一番見合った労働のバイトをはじめ
今やそこをしっかり自分の居場所として落ち着いている

コンビニ店員は想像以上に肉体的にきつい仕事だ
しかも息子が勤めているのは業界で最も業務が複雑で忙しいといわれるところ
品出しに棚の整理、掃除からはじまって
レジ打ち、宅急便や振込みの取り扱い、そのうち発注も担当するようになり
調理作業や電話の応対、その他諸々の業務+接客に神経を使う日々ながらも
小さい時から如何に少ない労力でたくさんの仕事をこなすかを課題として
ともすれば横着者と紙一重とも思える程、常にムダのない動きを模索してきた息子には
きっとこういう複合業務が向いているのだろう
そんな仕事ぶりもちゃんと評価してもらえているし
コンビニは忙しさの割には時給が少なくて一般には人気がないバイトであっても
どうやらこのまま大学卒業までやめる気はなさそうだ

彼にとって”居心地”は”時給”に変えられないものがある
そして、それが彼の自信へとつながっているのがよくわかる

居心地がいい=良い仕事ができる=評価が上がる=自信がつき、やる気になる

こういう”自信の連鎖”が、彼の今までの人生を支えてきたのだろうと
今更ながら過去を振り返って思うのだ
つまり、彼には幼い時から
面白そう!やってみたい!すごい!と思う仕事がたくさんあって
(それらが世間ではどのように評価されているかなどは置いておいて)
彼にとって居心地がいいと思う自分の居場所の選択肢はいくらでもあったわけだ
そして、それはやがて学校を選ぶ時にも、アルバイトを選ぶ時にも生かされてきたが
これから将来の就職にも生かされていくのだろう

                               
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植え場所を変えたとたんに花がよく咲くようになったミソハギ
植物は自分の居場所に敏感だ
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(2008.8.5.記)


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