音楽と共に生きる 42〜目標の設定


4月からここまで7つの仕事を掛け持ちしながらやってきた娘だが
8月は夏休みなので大学や幼稚園での仕事も休みとなり
おまけにホテルもチャペルを改装するとのことで
聖歌隊の仕事もお休みだ
演奏会の予定も入れていないし
今月は音楽の仕事が少ないのだが
代わりにレコーディングの予定が2件入っている
自分でCDを出すことはないので
「あなたに歌って欲しい」という依頼があるのは嬉しい
あと、11月に市民ミュージカルに出演するため
今月から毎週その練習が入ってくる

そんなこんなで、安定はしないけど、いつも仕事はもらえている娘に
先日、10月からの奨学金返済開始の通知が届いた
そして、その利率を見て大いに喜ぶ!
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娘が大学に入学した時にはここまで利率が下がるとは思っていなかったので
これはまるで無利子になったかのようだと、気持ちもぐっと楽になったのだった

さて、色々と先の見えない綱渡りの人生ながら
現実をしっかり見据えて、与えられた仕事をきちんとこなしていけば
音楽の世界でも結構生きていけるらしいこともわかってきたが
何かもっと華やかな世界に出ていくことを望まない娘は
自分のことを「夢のない人間」だと思っている

この感覚については
息子も同様であることをこれまでにも何度か書いてきたけれど
教会に生まれ育った彼らには
「夢見る人」は「妄想に生きる人」と紙一重であることが
子どもの頃から良く分かっているということも
冷静に物事を見ていく要因となっているのだろう
そのため彼らは、自分のレベルというものを主に失敗を通して学び
「自分のやりたいこと」について、身の丈に合った目標を設定しながら
それぞれ別の分野で励んできた
「自分は何者か」を知らず、夢を追いかけて大言壮語するだけでは何もならないが
「今の自分にできること」を積み重ねた先には、それなりの結果がついてくる
その時に生まれる小さな達成感の積み重ねは
確実に力になり、自信につながって行った

音楽の世界にいる娘は
「なぜ海外に行かないのか?」とか「もっと上を目ざさないのか」とか
それが当たり前のように言われるのだけど
そこにはもちろんお金の問題もあるし
何より好きな音楽であっても、ガムシャラになり過ぎると疲れてしまって
最後にはやめたくなってしまうかもしれない
実際に人は夢破れると、持っているもの(才能)も捨てて
すべてをあきらめてしまうことがある
それは実にもったいないことだ
だから今の自分に与えられた環境で与えられた仕事をやって行く
その積み重ねの先に何か道が開けたら進めばいいし
開かれなければそのままここでやって行く
その決意は揺るがない

わたしはこのような子どもたちの無理をしない生き方について
その持つ意味をどのように表現すればいいのだろうと以前から考えていたが
先日facebookのタイムラインに
『イチロー選手の考え方と行動とは?』という記事が流れていて
ああわたしが考えていたのはコレだと感じたので
ここに引用しておこうと思う

全文はこちら(←facebookのページへ)

この記事の中で
20歳のイチロー選手は以下のように語っている
 
  「“目標”って高くし過ぎると、絶対にダメなんですよね
  必死に頑張っても、その目標に届かなければどうなりますか?
  諦めたり、挫折感を味わうでしょう
  それは、目標の設定ミスなんです
  頑張れば何とか手が届くところに目標を設定すればずっと諦めないでいられる
  そういう設定の仕方が一番大事だと僕は思います」

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毎日厳しい暑さが続いている今
放っておくと植物は枯れ、庭はどんどん荒れていく
とにかく今は毎日の水やりが欠かせない
特に鉢バラは今年も夫がせっせと水やりしてくれていて
わたしも何とか少しずつ庭の整理をしながら
この夏も乗り越えようと努力している
こうしてぼつぼつ続けていれば
また花の季節を楽しむこともできるだろう


(2016.8.7.記)



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